
南米ペルーで創設されたカルチャースクール
インターナショナル・クラートアカデミーは1999年に開校された、大分県中津市で語学・ダンス・音楽を教えるカルチャースクールです。
教室の名前「クラート(CLART)」は、スペイン語でラテン文化センター「センター(CENTRO)」「ラテン(Latin)」「アート(ART)」の略語です。
クラートアカデミーの歴史
1981年、ペルー・リマの芸術大学にてアート・音楽を学んだ校長リチャードによって、タレント養成学校「ペルー・クラートアカデミー」が設立されました。
ペルー・クラートアカデミーでは演劇・ダンス・歌・楽器を教える他、イベント開催等さまざまな活動を行い、テレビに出演する数々のタレントを輩出してきました。
1995年には、南米ベネゼエラに姉妹校「ベネゼエラ・クラートアカデミー」を設立し、タレント養成する他に現地でドラマ製作まで手がける、ベネゼエラで話題のタレントスクールへと発展しました。
1998年、クラートアカデミー校長リチャードがに日本に移住したのを機に、南米のクラートアカデミーを日本に移し、現在の「インターナショナル・クラートアカデミー」設立しました。
今では大分県中津市にて、スペイン語・ギター・アンデス民族楽器・ラテンやフラメンコの歌、そしてサルサダンス・フラメンコダンスを教える、地域の皆様の親しまれるカルチャースクールとして活動しています。

インターナショナル
クラートアカデミーについて
小話 中津城主と外国語の歴史
大分県中津には異国文化が大好きなお殿様がいました。中津藩五代藩主奥平昌高(1781―1855)です。
奥平昌高は当時の日本で流行していたオランダ語を熱心に勉強し、和蘭辞典(日本語オランダ語辞書)を作るほどでした。
そして奥平昌高はオランダ人との交流を楽しみ、通訳無しにシーボルトとオランダ語で会話したそうです。
その時の様子をシーボルトによって書かれた 江戸旅行日記『江戸参府紀行』に、シーボルトと奥平昌高は音楽や歌や踊りをして楽しい一時を過ごしたことが書かれています。その際、奥平昌高は「オランダ人は実際に足で踊るが、これに反し日本人は手で踊る」と感想を述べたそうです。
中津の皆様もお殿様に続き、語学・音楽・ダンスを習いに来ませんか?
個人で習いに来る生徒さんの他、お友達同士、親子での参加...お待ちしております。